1999年 だからわたしがこの世に生まれついたとき 世界は終わりかけていたという、その希望。でも、終わらなかったねって笑ってる人たちを再びおびやかすために生まれてきた、私は悪魔 
笑ってるあなたは身軽 とても軽い足取り 空っぽね いい意味でね 馬鹿にしてないよ本気でいいと思ってるの 忘れないでね 
でも私、足遅いけれど、歩くの早いの。あなたの身軽さもすぐに追い越す。

昔住んでいた家の近くにボロボロもボロボロの、鍵もないような、トイレも多分共同の、そんなハイツがあるの。夏になると、そのハイツのドアがギーと開いて、パンイチの太ったおじさんが外に出てくるんだ。冬は薄いヨレヨレのグレーとも緑とも言えない鈍い色のTシャツで。後ろのめり(そんな言葉ある?)によちよち歩いて、何するわけでもなく少し経ってまた見たらいつのまにか消えてるの。パンイチの姿は、最初はギョッとしたもんだけど、すぐ慣れた。毎日毎日いたから。多分トイレにいってたんだろうけどね。
昨日は久しぶりにその前を通ったんだけれど、そのハイツの前にそのおじさん、薄いピンクのピチピチのTシャツにぴたぴたの肌色の股引履いて、立ってたんです。いつも後ろのめりのあの歩き方でうろうろしてる感じだったのに、手を後ろに組んで何かを待ってるみたいに遠くをじっと見てた。手に何かを持ってるようだったから、おじさんの後ろ通り過ぎる時に見てみたんだ。

何持ってたとおもう?黒い小さい腕時計だったの。すごくありふれた安っぽいやつね、時計盤がこっちを向いていて、太った硬そうな両手の中からそれが見えたときなぜか切なくなっちゃってドキッとして、そんでもう、それで十分だったのに、その瞬間春になったばかりのぬるい柔らかい風まで吹いた。その一瞬は音も止んでた気がする。変だったとしか言いようのない…
昨日のこと、一生忘れんとこうって思ったの。不思議だった。別段ふつうのうつくしくもすごくもないできごとで、私の目にしか留まらなかった景色だと思うの。見ちゃった、って思ったもん。そしてわたしには美しかった。

ねえ多分だけど
おじさん、悪魔でしょう 1999年からちっとも笑わずに世界の終わりを本気で待ってたんでしょう?ずっと時計握って。
ずっと昔に天使って言われて浮かれ続けたわたしに「お前は今から悪魔への道を進まなければいけない」という忠告ね、オッケー。任せて、、真剣に聞くわ。メモとらせて…①、まずは黒い腕時計を買う。